注射で犬を安楽死させるということ【二つの哀しい現実】
【2016年6月2日更新】
「犬に注射をして安楽死させる」
この文章には二つの意味があります。
一つは、誰にも飼ってもらえなかった保護犬を処分するという残酷な意味。もう一つは、家族の一員として愛され、たくさんの時間を共有した愛犬を楽にさせるための処置。
どちらも、とてもとても哀しくて辛いことです。
私は後者のほうを体験しました。ミニチュアピンシャーのりゅうを看取ったときのことです。りゅうが虹の橋に旅立ってから、4回目の夏を迎えようとしています。4年という月日が過ぎても、いまだにその日のことを思い出すと、胸が詰まって息苦しくなるのです。
昨日、犬の安楽死について、とても悲惨なニュースを目にしました。まずは、このお話から。
記事の後半に、動物病院で愛犬とお別れした日のことを書いています。
犬を処分するために注射で安楽死させる
これは国内ではなく、台湾で起こった事件です。
保護施設の過密問題のために、彼女は2年間に700匹の犬を“処分”しなければならなかった。
「犬の安楽死に耐えかねて自殺、動物保護施設管理者が迎えた悲しい結末。」ナリナリドットコム 5月 25日(水)11時48分
彼女というのは、動物たちを保護する施設で働いていた若い女性のことです。獣医学部を優秀な成績で卒業された方です。
彼女は動物が大好きで、病気や怪我で苦しんでいる動物たちを助けたくて獣医学部に入ったんだろうな。それなのに、注射をして命を絶つという残酷な仕事をしなければならない……。
私たちには想像もつかないくらいの苦悩があったはず。
安楽死の処置を行って死にゆく犬を何度も抱きしめていたという。
「犬の安楽死に耐えかねて自殺、動物保護施設管理者が迎えた悲しい結末。」ナリナリドットコム 5月 25日(水)11時48分
「何度も抱きしめていた」
ここに彼女の葛藤が現れています。
彼女のワンコたちへの愛情、「ごめんね……」という思い。注射器の内筒を押す瞬間、どれほど苦しかったことでしょう。
2年間に700匹ということは、1年間に350匹もの犬を安楽死させるということになります。ほぼ毎日、1匹のワンコの命を絶つ。自分の手で。
動物好きの人間にとって、こんなに過酷な仕事があるでしょうか。
保護施設の過密問題
飼い主のいない犬を保護するための施設とはいえ、収容できる犬の数には限りがあります。
こんなに多くの犬の命を絶たなければならなかったのは、保護施設に連れてこられる犬の数が多すぎるからなんですね。
飼い主が世話を放棄して捨てられたのか、野良犬が増えたのか、詳しいことはわかりませんけれど。
動物保護団体からの批判
苦しみながら自分の仕事をこなしている彼女を動物保護団体が追い詰めることになります。彼女の行為を批判し続けたのです。
精神的に追い込まれた彼女は、とうとう自分に注射を打ってしまいます。処分したワンコたちと同じ薬を入れた注射器で。そして、帰らぬ人に。
……。
動物保護団体の言い分はわかります。でも、批判するだけでは、何の解決にもなりませんよね。動物保護団体が新しい保護施設を用意するとか、収容できなくなったワンコを引き取るとか、具体的な解決策はとらなかったのかな。
犬が大好きな女性が殺処分という残酷な仕事をこなしていた。自らの手で処分した犬たちを抱きしめながら。苦悩している彼女に追い討ちをかける容赦ない批判。死が頭をよぎるほどの苦しみ。
日本にも殺処分という仕事をしている人がいると思うと、考えさせられます。
病気で手の施しようがない愛犬を安楽死させる
ミニピンのりゅうとお別れした日のこと。
今、このたった一文を書いただけでも涙がこぼれます。
りゅうの苦しみ、辛い闘病生活、そして、最後の日のことを思い出すだけで途端に息苦しくなります。ペットロスからは、もうとっくに立ち直っているというのにね。
獣医さんの言葉
「できることはすべてしました」
獣医さんは、安楽死という言葉そのものは口にはされませんでした。
「このまま、りゅうちゃんを家に連れて帰られても、苦しいだけですし……あとは……」と獣医さん。
この時点で、りゅうはもう意識がありませんでした。「りゅうちゃん、りゅうちゃん」と呼びかけてもまったく反応がありません。耳をピクリと動かすことすらありませんでした。
心臓はまだ動いてはいるものの、ぐったりとして、身動きもしません。
泣きながら、「りゅうちゃん、ずっと一緒やね」と声をかける母。りゅうは母が大好きでしたから。
しばらく沈黙が続いた後で、「もう、ラクにしてあげてください」と母が切り出しました。
動物病院で犬を安楽死させる方法
安楽死させると決断したものの、りゅうが苦しむのではないかということが気になります。
「最後はどんな感じですか?苦しむことはないですか?」と獣医さんにたずねる母。
「大丈夫です。眠るような感じで逝きます」と獣医さんは答えてくださいました。
最後に愛犬を抱く
りゅうが受ける最後の注射。最後の処置。
「どうぞ、抱いてあげてください」という獣医さんの言葉。診察台の上でぐったりしているりゅうを優しく抱きかかえる母。相変わらず、りゅうは何の反応も示しません。
注射の準備
すぐ側で、獣医さんが注射の準備をしています。特に変わったものではなく、普通の注射器です。
「では、よろしいですか」と、獣医さん。これで、本当に最後のお別れです。
注射器がの針がりゅうに向けられます。
心臓の鼓動が止まる
椅子に座ってりゅうを抱いている母の横に立っていた私は、りゅうのお尻のほうにいました。最後にりゅうの顔を見たいと思って、反対側に移動しようと動き出したところで、母の声が。
「あ、うんちが出た。ティッシュ取って」と。
母の腕にりゅうの柔らかい便が。りゅうは闘病中からひどい下痢をしていました。
死を迎えると、人間も肛門が緩んで便が出ることがあります。雑種のごん太が息を引き取ったときも便が出ていました。りゅうも、薬の作用で肛門が緩んだのでしょうね。
ちょっと離れたところに置いてあったティッシュを取りに行って戻ってくると、注射を終えた獣医さんが聴診器をりゅうの心臓に当てているところでした。
少ししてから、「今、心臓が止まりました」と獣医さんから告げられました。
ほんの数分間くらいのことでした。
安楽死の薬の値段
この日は点滴もしてもらっていたのですが、「今回は、注射の費用だけいただきます」とのことでした。
もはや、点滴をしたところで、どうにもならない状態だったのだと思います。点滴といっても薬ではなく、水分補給のためものでした。りゅうは、すでに、水すら飲めない状態でしたから。
薬の費用として、支払った料金は8000円程度でした。
後悔はあるか
愛犬を安楽死させたことについての後悔はありません。素人の私たちが見ても、手の施しようがないことは十分に納得できましたから。
ただ、最後の瞬間、りゅうの顔を見ながら、頭をなでてあげたかったという気持ちはあります。母の腕にこぼれた軟便を拭いている間に、りゅうが逝ってしまったのは残念で仕方がありません。
でも、一番好きな母の腕の中で最後のときを迎えられたのは、りゅうにとってはとても幸せなことだと思っています。
最後の処置をしてくれたのも、りゅうが大好きだった女医さんでしたし。
後悔せずに済んだのには、死後に、りゅうが夢の中に出てきてくれたこともあるかもしれませんね。