愛犬を亡くした私がペットロス症候群を克服した方法
ペットを飼っていると、いつか必ず訪れるのが、悲しいお別れの日。いつも側にいてくれたペットの姿が見えなくなるというつらさ、苦しさ、喪失感は、体験した人でなければわからないはず。
私はこれまでに、2匹の愛犬を見送りました。1匹目は雑種で中型犬のごん太。そして、2匹目はミニピンのりゅうです。
ごん太と永遠のお別れをした後、ペットロス症候群からなかなか立ち直ることができませんでした。
ごん太を亡くしたときの苦しみがかなりひどかったので、「もう、二度と犬は飼わない」と心に決めていたほどでした。
まだペットロス症候群から完全に立ち直ってはいない時期に、母の知人から半ば強引な感じで依頼され、ミニピンの赤ちゃんを育てることになったのです。
この写真は、りゅうの葬儀の日のものです。最後のお別れの直前に撮りました。
ペットの死をひどく恐れていた私
「この家で育ててもらえないか」と頼まれて、断りきれずに家族の一員となったミニピンのりゅう。私はりゅうがまだ元気に走り回っているころから、この子とお別れしなければならない日を恐れていました。
過去にこのブログの記事でちらっと書いたように、「りゅうは妖怪だから、死なないね~」なんて、冗談めかしてよく話していました。これは、私がりゅうとお別れする日を人一倍恐れていることの裏返しです。
ペットロス症候群を克服した方法
まずは、初めて飼った愛犬ごん太がいなくなったときのことを書きます。
毎週動物霊園へ
ごん太の遺骨は、とある動物霊園に納めてあります。当時、この動物霊園ではペットの遺骨を持ち帰ることができなかったんです。現在は、持って帰って、自宅で供養することができるようになっているみたいですけれど。
ごん太に会いたくて仕方がなかった私は、ごん太が眠っている動物霊園を毎週、訪ねていました。1時間くらい、ゴトゴトと電車に揺られて。駅から動物霊園まではかなりの距離があるので、霊園に連絡をすると、お迎えの車が来てくれるようになっています。
でも私は、車を呼ばずに、長い坂道をゆっくりゆっくり、歩いて上っていました。ごん太と一緒に過ごした日々を思い返しながら。
ごん太は独りでお留守番をしている時間が長くて、今思うと、かわいそうでした。お散歩もね、もっとたくさん行きたかったと思うんです。我慢強い犬だったから、わがままも言わず、いっぱい我慢してたことがあったのではないかと……。
「もっとかまってあげればよかった」
「もっと遠くまでお散歩させてあげればよかった」
「寝たきりで苦しかっただろうな」
「別の病院に診せるべきだったのではないのか」
「幸せだったのかな、ごん太は」
こんなことを考えながら、一歩一歩、坂道を上って行くのです。
この頃の私は、動物霊園に会いに行くことしかできませんでした。ペットを亡くした悲しみを乗り越える方法がわからず、ただ時が癒やしてくれるのを待つことしかできなかったのです。
そして、2匹目の愛犬りゅうとお別れしたときのことです。
ごん太を失ったときのショックがあまりにも大きかったので、りゅうが元気な頃からペットロスに陥ることを恐れていた私。そんな臆病な私がりゅうを失ってから、笑って過ごせるようになるまでに、どんなことをしたのかを書いてみますね。
泣きたいだけ泣いて悲しみにひたる
ぬぐってもぬぐっても、涙があふれて止まらない……。
当たり前のように、毎日一緒にいてくれた愛犬がいなくなってしまうということが、どれほど心を打ち砕くのか。このつらさや悲しみは、自分の意思でどうにかできるものではありません。
ときには号泣し、ときには黙って涙を流し。ただ、ひたすら泣き続けるのです。
ただ泣く。これは、ごん太のときも同じです。涙が枯れ果てるまで、思いっきり泣きました。
ペットロスの掲示板を見る
インターネットで検索すると、ペットロスの掲示板が見つかります。自分と同じようにペットを亡くした飼い主さんたちが、お互いの体験を報告しあったり、励ましあったりすることができる掲示板です。
こういう場をネットで見つけては、見ていました。見ると余計に悲しくなってくるし、涙が止まらなくなるのですが、それでもやっぱり、見に行ってしまうのです。
振り返ってみると、こんな風にどん底まで落ち込んで、とことん悲しむということは、立ち直るために必要なことだったのでしょう。
動画やブログを見る
「さようなら○○ちゃん」という題名の動画を見たり、ペットロスを克服しようとしている方のブログを読んだりもしていました。
自分と同じような状況に置かれて、必死に立ち直ろうとしている人たち。
先に書いた掲示板と同じで、悲しみにどっぷりひたり切っているうちに、いつの間にか、心が前に進もうとしていたように思います。
虹の橋のお話を読む
ペットとお別れしたことのある方は、「虹の橋」という詩をご存知の方が多いと思います。私が「虹の橋」を知ったのは、りゅうを亡くした後のことでした。
「虹の橋」の詩を初めて読んだとき、暗く沈んでいた心が、じわ~んと温かくて明るい光に包まれるような気持ちになりました。
亡くなったペットは、天国の手前にある虹の橋で飼い主さんがくるのを待っていてくれるのです。それまでは、ペットたちは生前の病気もなくなって、暖かい場所で元気に幸せに暮らしているのです。
「虹の橋」に書かれている文章の内容に、どれほど救われたのかは、私の稚拙な言葉ではとても表現できません。
「今は元気なんだね、もう苦しくないんだね」
「いつかまた会える日がくるんだね」
そう思うと、身体の力がすーっと抜けて、気持ちがラクになるような気がしました。
正直、今すぐにでも虹の橋に飛んでいきたい気分でした。ごん太もりゅうも、そこで待っていてくれているのですから。ごん太とお別れしたときに「虹の橋」の詩を知っていたら、もっと早く立ち直ることができたと思います。
愛犬に供える花を育てる
「虹の橋」の詩を知ったことで、ずい分穏やかに過ごせるようにはなりました。とはいっても、愛犬を亡くした悲しみは、そう簡単に癒えてはくれません。
ごん太と違って、りゅうの遺骨は地元のお寺に納めてあります。動物と人間と、両方の供養をしているお寺です。お寺に納めたのは一部だけで、のど仏などの骨は骨壷に入れて家に置いてあるんです。
ペット用の仏具を購入して、毎朝、お線香をあげているのですが、仏具の中に花立てもあるんですね。最初のうちは、お花屋さんできれいなお花を買ってきて供えていました。ある日、ふと「自分でお花をつくってみよう」と思ったんです。
それから、いろいろ調べて、切り花にできるお花の苗を買ってきては育てていました。そのうちに、苗を買ってくるのではなく、種をまいてお花を育てるようになりました。
種から育てると、手間も時間もかかります。でもね、小さな種からピョコンとかわいらしい芽が出てきて、双葉になって、本葉が出てきて。ぐんぐん大きくなっていく様子を見ていると、私自身がすごく元気になれるんです。
種から育てた植物がきれいな花を咲かせてくれるのを見るのは、すごく感動しますよ。「りゅうは黄色が好きだったから、黄色い花を咲かせよう」なんて思いながら、花を育てています。
愛犬に供えるための花をつくること、そのために太陽の光を浴びながら土に触れ、身体を動かすこと。これが、私にとって、最高のペットロスからの克服法になったのです。